不知火諾右衛門の墓

土俵入り「不知火型」の創始者 第8第横綱不知火諾右衛門

江戸時代の名横綱“不知火諾右衛門”は本名を近久信次といい、享和元年 (1801年)宇土市栗崎町に生まれました。 子供の頃から宮相撲をとり、力持ちで有名でした。造り酒屋で働いていたとき、近くで火事があり、 酒蔵の樽を一人で運び出したというエピソードもあります。 文政6年(1823年)、大坂相撲の大関まで昇進、天保11年(1840年)には江戸相撲で横綱の免許を与えられました。 江戸城内で将軍徳川家慶の上覧相撲が催され、この時の土俵入り(不知火型)を描いた錦絵が残されています。 体格は身長約175cm、体重約135kgという当時としては堂々たるものであったようです。 嘉永7年(1854年)に54歳で他界し、墓が故郷である栗崎町の小高い丘の中腹にひっそりと立っています。

2008年、横綱白鵬が諾衛門の墓前で不知火型の土俵入りを奉納しました。

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基本情報

  • 【 アクセス 】 
    JR宇土駅から車で約20分
  • 【 駐車場 】 
    あり



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